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車いすテニス小田凱人(ときと)は歩ける?いつから車いすになったのか調査!

世界ランキング1位と史上最年少でのグランドスラム制覇を同時に見事達成!

史上最年少となる17歳で達成された小田凱人(ときと)さん♪

小田さんの実力やイケメンということに注目が集まってしまうほど大人びたカッコいい方ですよね、、!

そんな小田さんは歩ける?と話題になっているようです。そしていつから車いすになられたのか、その理由を調べていこうと思います!

目次

小田凱人(ときと)さんは歩ける?

小田凱人さんは歩けるのでしょうか。

結論からお伝えしますと、短距離なら杖を使用して歩けるそうです!

手術をした利き足の左脚には人口股関節が入っており、また左腹部の筋肉を太ももに移植をしているので、左右のバランスが取れず、左半身を支えるのに充分な筋力がありません。

ですが動かさないでいると筋力低下につながってしまうため、なるべく日常生活では立って歩くように気を付けているそうです。


いつから車いすになったのか調査!

小田さんはいつから車いす生活になってしまったのでしょうか。

結論からお伝えしますと、小田さんは小学3年生の9歳のときに車いすを使用することになりました。

元々運動神経がよかった小田さんは幼い頃からプロサッカー選手を目指し日々練習に励んでいました。

小田さんが小学3年生にサッカーの練習中に利き足である左足に突然激痛が走り、左の股関節に骨の悪性腫瘍である骨肉腫が発見されました。

骨肉腫とは骨にできる悪性腫瘍の中で有名な病気の1つです。

小田さんは病気が発見されたあと辛い抗がん剤治療を経て、12時間にも及ぶ股関節と大腿骨の一部を切除し人工関節を入れる手術を受けたことで手術の後遺症により左足の自由を失いました。そして医師から「もう走れなくなる」と告げられ、そこから小田さんの車いす生活が余儀なくされました。

小学3年生でこの経験は想像できないほど、とても辛かったことだと思います。

元々サッカー選手を目指すほど運動神経に優れていた小田さんに、医師から「パラスポーツをやってみないか」と薦められて「車いすテニス」の存在を知りました。

動画を観ていた時、ロンドンパラリンピックで金メダルを見事獲得した国枝慎吾選手のプレーを見て、

「国枝さんのように車いすテニスで世界一になりたい!」と小田さんにとって国枝さんは憧れの存在になり、そして新たな目標を持つことができた小田さんは、抗がん剤治療やリハビリに励みや9か月間の入院生活を無事に終えることができました!

退院後すぐに車椅子テニスのできる地元のクラブに通い、数々の偉業を最年少で達成されていきます!

小田さんは10歳から車いすテニスを始められるようになったそうです

「国枝さんのように車椅子テニスで世界一になりたい!」という強い想いがあったからこそ、小田さんはどんなに辛いリハビリもキツい抗がん剤治療にも耐えられたのだと思います!

当時の思いをInstagramにて投稿されていました


まとめ

今回はテニス小田凱人(ときと)さんは歩ける?いつから車いすになったのか調査していきました。

サッカー選手になるという夢を追いかけていた当時9歳の小田さんは想像できないほど辛く壮絶なものだったと思います。ですが、パラスポーツを勧めて下さった先生の一言、そして国枝選手との出会いが小田さんの分岐点になったのではないでしょうか。

これからも小田さんの活躍から目が離せません、、!

今後とも小田凱人選手のご活躍を祈念いたします♪

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